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2010年11月 アーカイブ

父と息子 1

父親と息子。

この微妙な関係について少し考えてみました。


中学時代の友人が妻を亡くした。

だが、久し振りに会った友人は思いのほか元気だった。

なぜ、元気なのか。

男は、友人に尋ね、その返事に思わず息をのんだ。

「実は、俺のうちの息子がグレていてね。

高校も満足に行かず、時々警察のご厄介になるし、という状態だった。

女房もそのストレスが引き金でまあ早死にしたんだ。

しかし、女房が死んで、子供がショックを受けてね。

母さんに悪かった、と本当に人が変わったようになった。

今では、家の事まで時々手伝うんだよ」妻の死で息子が立ち直った。

友人は涙ぐんでいる。

夫婦と子供の何気ない一家団簗の時を過こすことなぞ長い間の夢だった。

今、その夢が妻の死によってかなえられたのだ。

受験、受験と本人の能力以上に高望みをして息子を追いつめていたのか。

母の死で防波堤がなくなって子らが厳しい現実を身をもって知ったのであろうか。

この友人は、ただ平凡な子を持てる幸せを心から喜んでいる。

男はいま流行の東京の郊外の新興住宅地に住んでいる。

女房たちの話では、亭主たちはみなそこそこの大学を出て、まあ一流企業に勤めている。

父と息子 2

ところが、親父の出た程度の大学に息子が受かれるのはまれで、息子は一ランクもニランクも落ちている。

なかには、大学行きを諦める家庭もある。

二代目たちは軟弱で、来年受験する息子を持つ男も気が気ではない。

しかし、親が焦ってみても、もう高校生ともなれば、自分で勉強できる者、親に言われても、先生に言われても勉強など糺ない者とに分かれている。

それは、人間の基本的な才能や生活習慣の問題、その人間の性、質といった問題なのだ。

男は息子が中学二年のとき、子供に勉強室をつくってやろうと、建て売りで買ったわが家を増築した。

今、男はその時、大工の棟梁がいった言葉が妙に気になり、そして切ないのだ。

「最近の家はね、家に見えて家じゃない。

木に見えて木じゃない。

綺麗な木目と言うが、上っ面の一ミリだけでね、あとはベニヤ。

大工も別にたいして腕もいらない。

集成材は、規格化されているし、冷房でも、暖房でも反りゃしない。

材木を見る目も、木の質、木の性を見る目もいらんのですよ」

さすが職人、と言う感じですね。

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